僕は僕をたいして知らない。
僕はあなたをたいして知らない。
僕は世の中をたいして知らない。
僕の知っている事なんて大きな海に例えたら、
波しぶきのほんの一滴ぐらいなものだ。
世の中は刻一刻と僕の知らない世界に変わってる。
海水が盛り上がり岩に砕けるごとに、
僕の無知が増してゆく。
冷たい風が僕の耳を千切ってゆき、
海鳥が強い風にもまれながら飛んでいる。
遠くの波の音と、
足元で砕ける波の音。
顔にかかった波しぶきが風で乾いて、
海の臭いがほのかに香る。
岩の上に立つ僕は、
今この瞬間の海を知っている。
今この瞬間の海鳥を知っている。
今この瞬間の海の匂いを知っている。
あなたからすればどうでもいい事だ。
でも、
どうでもいいさかげんは、
世の中に溢れる知とたいして変わらない。
岩の上に立つ僕は、
たいしたのとのない事だけしか知らない。
僕はたいして知られていない。
世の中には人がごまんといる。
都会に出かければ、
電車の中だけでも沢山の人がいて、
駅に着けばさらに人が増える。
知らない人ばかりが密集している。
旅をすると、
車窓を流れる風景の中に沢山の家や町並みが見て取れる。
そこにも沢山の人がいて、
沢山の生活がある。
僕が知らないその人達は、
僕が知らない誰かの大事な人なんだろう。
僕が知らないその人の人生は、
とても大事でキラキラしたものなんだろう。
でも、
僕はそれを知らない。
冬になり皆だいたい似たような色の装いで、
僕も似たような装いで、
人の波にもまれてる。
大きな山に例えたら、
僕なんて土くれの中の小さな砂粒一つだ。
無くなったって気にもされない。
でも、
僕にも大事な人はいる。
多分、
僕も大事に想われている。
砂粒みたいな僕も陽の光に照らされれば、
少しはキラキラしているかも知れない。
僕は僕をたいして知らない。
でも、
あなたは僕を結構知っているかもしれない。
何故なら、
僕は僕の顔すら見る事が出来ないから。
あなたの顔を見る事が出来る僕は、
結構あなたの事を知っているかもね。