秋風吹いて稲穂がゆれた。
夕暮れ風に曼珠沙華ゆれた。
夜長風にコオロギ鳴いて、
静かに
静かに
秋になる。
夕暮れ空に焚き火の匂い。
パチパチはぜて白い煙。
風に流れて誰かに香り、
赤い空にとけてゆく。
秋の香りはみかん色。
秋の匂いは柿の色。
だんだん赤くなって、
夕陽にとける。
秋が更けると、
何かを忘れてきたような気持ちになる。
何処かに忘れてきたような、
何かを忘れているような。
通りを渡る人は何でも持ってるように見える。
笑ってる人は何も忘れていないように見える。
この歳までに持っているべきものがあるんだろうか。
ここまでに忘れちゃいけないものがあるんだろうか。
それだと、
僕はかなり持っていないかもしれないし、
僕はたくさん忘れているかもしれない。
たぶん、
本当は何もいらないんだろう。
本当は全部忘れていいんだろう。
僕はそう思う。
でも、
通りを渡る人は違うと言うかもしれない。
笑ってた人は笑わなくなるかもしれない。
秋が更けて、
僕も老けて、
どうせ最後は手ぶらだから、
忘れてきたものなんて大したものじゃないんだろうな。
表でコオロギが鳴いている。
夕焼けには切なすぎるその鳴き声を、
僕はいつまでも覚えている。