2013/09/13

思えば近くに居たもんだ







こんにちは。
深まる秋・・・とは行かず、
蒸し暑さが戻って来た今日この頃。
まぁ、
この時期からは台風の最盛期。
もぎたて台風が沢山届けられだす訳ですから、
当然と言えば当然の蒸し蒸し感。
快適な秋はもう少し先の話しみたいですね。
子どもの頃、
台風がわが町にやって来るとなれば、
普段は閉めない雨戸を閉め、
庭に置いてある物で飛んで行きそうな物を片付け、
家の中で台風が通り過ぎるのをじっと待つ。
あの頃は何処の家庭もそんなものでした。
台風が近づいて、
雨戸がガタガタ音をたて出し、
ゴォ~ゴォ~と風の音。
時折、
ガターン!
バターン!
と、何処かで何かがぶつかる音がする。
子供の僕は、
それが怖い反面、
心の中では何だかワクワクしていて、
嵐の中を駆け回りたい衝動に駆られていました。
しかし、
今時は台風の中でも表を出歩く人は多くて、
よくテレビ中継などで、
ひっくり返った傘を持ち、
キャーッなんて叫びながら嵐の中を掛けて行く人の映像を見かけたりします。
いったいこの嵐の中で何をしてるんだろう?
台風が来るのは何日か前から予想されていたのに、
そんな傘しか用意できなかったんだろうか?
出歩く予定があったのなら、
レインコートとか合羽を用意出来なかったんだろうか?
などと、
この時期の台風中継の映像に、
突っ込みをいれてしまうちょっと分からず屋な僕のブログにようこそ。
激しい嵐の中で、
リポーターがずぶ濡れでリポートするより、
フナッシーやおきたくんなどのユルキャラ?が、
ずぶ濡れのボロボロになり、
ただただ嵐に翻弄される様を見て、
台風の強烈さを知りたい意地悪な僕ですが、
今日も少しお付き合い下さいませ~


































奈良県に住んでいると、
あまり台風の被害にあうことはあり無いんですが、
でもごくたまに、
大きな被害に見舞われる事があります。
十数年前、
奈良県の僕の住んでいる地域を大きな台風が通過し、
かなりの被害が出ました。
その日、
僕は大阪で働いていて、
仕事を終えて奈良に帰って来たんですが、
奈良は既に偉い事になっていました。
JR王寺という駅で私鉄に乗り換えるんですが、
何時も使っている私鉄が、
電線が切断されて動かなくなっていました。
それで、
振り替えのバスが出ていると言うのでバス停に行ってみると、
もの凄い長蛇の列。
タクシーだって、
もの凄い長蛇の列。
昼間に大阪で働いていた時は、
まさか奈良がこんな事になっているとは思いもしなかった。
しょうがないので、
実家に電話しようと思いましたが、
そんな日に限って実家には誰もいない。
それに、
公衆電話も長蛇の列・・・
その頃はまだ携帯電話も無いし、
友達の家も偉い事になってるかもしれないし・・・
ムムム・・・
何時も使っている私鉄に乗っている時間は15分程度。
それくらいなら歩いて帰るか。
と、
僕は夜の田舎道をトボトボと歩き出しました。
数分歩いていると、
あれ?街灯の明かりが切れていてなんか暗い。
どうやらあちこちで停電しているようで、
通り過ぎる住宅街がまるでゴーストタウンのように真っ暗で静まりかえっている。
家が在るのに明かりが一つも点いていないと言うのは、
とても不気味なものです。
トボトボと暗闇を歩く僕。
なかなかどうして、家までの道のりが遠い。
電車の15分をなめていました。
最短距離を歩いているんですが、
1時間経ってもまだ半分くらいしか来ていない。
JR王寺駅から僕の家への道のりの間には、
なだらかな丘陵地帯が横切っていて、
僕は小さい山を3つくらい越えなくてはならなかったんです。
台風後ですから、
空気は湿気ムンムン。
真っ暗の道には、
飛ばされてきたゴミや木の枝が散乱している。
ときたま街路樹が倒れていたりして、
それに気付かず数回けつまずく羽目に。
心身ともに、
ベタベタのヘトヘト。
早く家に帰ってシャワーを浴びたいっ!
・・・
それからまた1時間後、
ようやく自分が住んでいる町に到着。
堤防の上からわが町を見渡すと・・・
真っ黒。
僕の住んでいる地域も停電していました。
バカみたいに2時間かけて、
汗びっしょりで帰ってきたのに我が家は電気不通の真っ暗闇。
シャワーを使うには電気が必要。
お風呂を沸かすにも電気が必要。
それ以前に、
家の中が真っ暗で、
あったかもしれない蝋燭を探すのに一苦労。
懐中電灯なんて、
何時だって必要な時にはキッチリ電池切れ。
ようやく見付けた小さな蝋燭の心もとない明かりの中。

遠い昔、
この町が嫌で、
二度とここには帰るまいと家を出たあの頃。
なのに、
2時間かけて遠い道のりを、
迷子の犬みたいに帰って来てしまう。
思えば、
ただ遠回りしていただけなんだろうか?

この先いつまでいれるやら~♪




































子どもの頃、
隣町の友達の家に遊びに行き、
そこで随分遅くまで遊んでしまい、
友達のお母さんが僕の家に電話をかけてくれた事がありました。
電話を受けて僕を車で迎えに来た父親を見た時、
さっきまで平気で遊んでいたのに、
父親の顔を見たとたん泣きそうになり、
涙を隠すのに苦労した思い出があります。

僕が小さい頃、
母親が家を出て、
男手で子供を育てるのは大変だから、
僕と兄をよそにやろうという話が出ていたらしい。
僕達にはそんな事言うはずがありませんから、
親達だけの内緒の話。
でも、
子供だってバカではありません。
何となく変な違和感は感じていました。
それに、
母親が居なくなるくらいですから、
父親が居なくなったっておかしくない。
何となく、
何時か捨てられるんじゃないだろうか?
と言う不安は、
常に心の何処かにモヤモヤとわだかまっておりました。
故に、
捨てられまいと親に気を使うようになりました。
家の中では、
離婚や、片親という言葉はタブー。
小学校からの母親参観への、
参加、不参加の用紙を受け取った時は、
父親にはその用紙を絶対見せずに、自分で不参加にまるをして、
父親のはんこを押して返事を出していました。
僕の母親は、
僕がもの心着く前に出て行ってしまったので、
まったく母親の事は思い出せない。
本当は、
父親に母親の事を聞きたかったんですが、
やっぱりそんな事聞けません。
だから、
何時もちょっと我慢をしている。
この我慢が募ると、
いっそ僕を捨ててくれればいいのに!
と言う気持ちが湧いてきて、
ついつい家から離れた所に遠出して、
人さらいにさらわれてサーカスに売られる事を夢想してしまう。
親に気を使う反面、
自暴自棄。
そんな中で、
父親が自分の為に何かしてくれると、
不意に涙が出てしまうんですよね。

今はそんな父親も居なくなり、
気を使うこともなくなり、
たまに墓参りするくらい。

さらわれてでも出て行きたかったこの町は、
いまだに僕の基点であり帰点。

思えば、
結局、足踏みしてただけで、
何処へも行っていなかったんだろうか?

あの頃を少し思い出す~♪





































人生は旅のように例えられます。


移り行く時間。

過ぎ去るだけの今。

僕は何処にも行っていなくて、
ただただ全てが変わって行くだけ。

振り向くたびに、
故郷は遠くなるような気がします。

けれど、
遠くへ来たつもりでも、
いつだって僕はここにいる。

ただそれだけなんです。












自分の行動範囲の狭さにウンザリぎみの僕のブログに、
今日もお付き合い下さってありがとうございました。
こちらの動物たちは、
クリックすればあなたの元に駆けつけますので、
よかったら可愛がってやってくださいませ~





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思えば遠くへ来たもんだ 海援隊